19世紀イギリス男性詩人からの引用

あなたは良き星のもとに生まれ
精と火と露より創られた

　　　 ブラウニング　　　　　　　　　　　　　　　

この本を、今は亡き父母に捧げる

　アンは目を輝かせ、嬉々としてドアにとんでいった。しかし戸口の際で、つと立ち止まり、くるりと回れ右をして食卓に戻り、すわりこんだ。まるでアンの頭からろうそくの火消しをかぶせたように、喜びの輝きが消えていた。
「今度は一体、何なんだね」
「外には、とても出られないわ」アンは、この世の歓びをすべて断念した殉教者のように言った。「ここにいられないなら、グリーン・ゲイブルズを好きになっても仕方がないでしょう。外へ出て、樹や花や果樹園や小川と仲良しになったら、好きにならずにいられないわ。今だってつらいのに、これ以上つらくなりたくないの。‥‥」

第四章「グリーン・ゲイブルズの朝」

「ねえ、ダイアナはどんな子？　まさか赤毛ではないでしょうね。おお、そうじゃありませんように。私だけで充分なのに、腹心の友まで赤毛ではたまらないわ」
「ダイアナは、とてもきれいですよ。髪も目も黒くて、ほっペは薔薇色でね。それに素直で利口だし。器量良しより、こちらの方が大事だよ」
　マリラは、『不思議の国のアリス』に出てくる公爵夫人のように教訓好きで、育ち盛りの子どもに何かしら言うからには、一言、教訓をつけ加えなければならないと固く信じていた。

第八章「アンの教育、始まる」

　すべては、結婚式の鐘のように愉しく過ぎ、いよいよ、アンのレイヤーケーキが回される番になった。‥（略）‥。
「まあ、アラン夫人、一切れ、召し上がって下さい。奥様のためにと、アンが腕によりをかけたんですよ」
「それなら、ぜひとも味見をさせて頂きますよ」
　アラン夫人は笑いながら、ふっくらした三角形の一切れを、皿に取った。牧師とマリラも、続いて取った。
　しかし、一口頬（ルビ／ほお）ばったアラン夫人の顔に、何とも言えない奇妙な表情が浮かんだ。それでも夫人は何も言わず、もぐもぐと食べ続けた。マリラはその表情を見て取るや、あわててケーキを口に入れ、
「アン・シャーリー！」と叫んだ。「一体全体、ケーキに何を入れたの！」

第二十一章「風変わりな香料」

　　ブルータスの胸像を奪い取られたシーザーの行列は、
　　前にも増して、ローマ最上の人の不在を思い起こさせた。

　とあるように、ガーティ・パイと並んですわっているダイアナ・バリーからは、贈り物も挨拶もないのは誰の目にも明らかで、アンの小さな勝利に影を落した。

第十七章「新たな生き甲斐」

　しかし冬の日々は、愉しく、忙しく、幸福で、飛ぶように過ぎていった。これまでと変わらず授業は面白く、クラスでの順位競争にも張り合いがあった。意欲的なアンの目の前には、思想、感情、野心の面で、新鮮な魅力に満ちた初めて知る知識の世界が、晴れやかに開けていくようだった。

　丘のむこうにまた丘は連なり、アルプスの彼方にまたアルプスはそびゆ

　というように、勉強すればするほど、めざす頂は、次々と高くなっていった。

第三十一章「小川と河が出会うところ」

「ああ」ジェーンがため息をついた。「今朝から何か月もたったような気がするわ。本当は家でヴァージルの詩をラテン語で読まなきゃいけないんだけどね。あのおじいさん教授ったら、こわいのよ。明日から早速二十行読むから、予習してこいって言うの。でも、今夜は腰をすえて勉強なんかできないわ」

第三十四章「クィーン学院の女子学生」

　　　　　　　　　　

そして、気づかないうちに、春になっていた。街を離れたアヴォンリーでは、雪のふきだまりがまだ残っているやせ地に、メイフラワーの桃色の花がのぞき始め、森や谷は、「緑にけぶるもや」がかかったように若葉が萌（ルビ／も）えいでていた。

第三十五章「クィーン学院の冬」