「性遍歴」第１章 松本侑子著初めてキスをしたのは、中学三年生の晩冬だった。 東北の三月はまだ、春は遠い。日陰に汚れた雪が残り、空はどんよりと暗い。 東京のテレビ局が放送するニュースでは、「春の足音が近づいてきました」などといって、花畑の景色が流れていたが、そんなものは一度も行ったことがない外国の風景を見るのと同じように遠いものだった。 その映像が千葉の房総半島のものと知ったのは、進学で上京した十九歳のことで、雪国の中学生だった私には、それがどこなのか、それさえもわからなかった。ただ、雪に閉ざされたこことは違うどこかに、花が咲き乱れている場所があるのだと、ぼんやりながめるだけだった。 その日もまた、空は灰色にくもって、陰鬱にたれこめていた。私と俊子は、放課後の掃除当番で、わたり廊下をいやいやながらはいていた。 ここは校舎の外れで人けがなかったが、俊子と二人でいられるのは楽しかった。 ……（以下略。続きは単行本でご覧下さい） 小説集『性遍歴』（松本侑子著）より引用。 無断転載・複製・複写は著作権侵害にあたり著作権法により禁止されています。 次を読む／本の目次にもどる |
 松本侑子著・幻冬舎刊 1500円・2001年4月発売 |