「恋の蛍　山崎富栄と太宰治」　目次

　　プロローグ

　　第一章　父の愛娘

　　第二章　花嫁　

　　第三章　銃後の妻 　　　　　　　　　

　　第四章　戦争未亡人の美容師　　

　　第五章 　「斜陽」 　　　　　　　　　　　

　　第六章 　恋の蛍 　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　
　　第七章 　「人間失格」

　　第八章 　「グッド・バイ」

　　第九章　　スキャンダル

　　第十章　 残された謎、遺された人々

　　エピローグ

　　あとがき　謝辞

　　参考文献

著者からのメッセージ

　太宰治の小説を、私は10代から20代にかけて愛読していました。

　しかし彼が情死した相手の山崎富栄のことはよく知らず、
「酒場の女性」だったのではいなか……という漠然としたイメージがあるのみでした。

　ところが、世界で初めて弱酸性パーマ液を開発した美容家・山崎伊久江の自叙伝を読んで、驚きました。
　
　富栄の父は日本初の美容学校を創立した実業家で、そこに山崎伊久江は学んだこと、
　校長の一人娘だった富栄は、令嬢として裕福に育ったこと、
　富栄の両親は、宮中に参内する華族の十二単とおすべらかしの支度をしていたこと
　などが、書かれていたのです。

　そこから、さまざまな疑問がわきあがり、調査と取材をはじめました。

　本に書かれた富栄像を鵜呑みにするのではなく
　生前の彼女を知る人や親族を探しだし、
　本当の彼女の人となりを聞きたいと考えたのです。

　その結果、富栄のいとこ、義理の妹、富栄の夫の姪にあたる方々、
　戦中の疎開時代の町内会の方々、富栄の夫の同僚、
　太宰が通いつめた富栄の下宿の大家さんを探しだし、
　また、太宰の担当編集者だった方にも、お話をうかがいました。

　取材の旅では、太宰のふるさと青森県の津軽地方、
　妻・石原美知子との新婚時代をすごした山梨県、
　『斜陽』と『人間失格』を書いた神奈川県と静岡県、そして東京三鷹を、
　また富栄が生まれ育った御茶ノ水、戦中に疎開した滋賀県を、調査しました。
　（本の巻頭の口絵ページに、その写真を多数掲載しています）

　商社マンだった富栄の夫の赴任地をたずねてフィリピンの首都マニラへ、
　また夫の戦没地、マニラからバスで７時間のルソン島山岳地帯にも、
　慰霊と調査のために訪れました。
　（フィリピンのゆかりの土地の写真も口絵に掲載しました）

　『斜陽』、『桜桃』、『人間失格』など、太宰の晩年を飾る名作の数々は、
　最後の恋人・富栄の見守るそばで書かれています。

　短編「フォスフォレッセンス」など、富栄と戦死した彼女の前夫をモチーフにした
　小説も、太宰は書いています。

　晩年の太宰文学に富栄が果たした役割とは、なんだったのでしょうか？

　不倫という許されない恋をして、玉川上水に旅立った富栄の短い生涯、
　太宰の晩年の苦しみと歓び、創作の日々、名作の背景、そして情死を、
　恋人の富栄とその両親から見ると、どうだったのか、新しい視点で描いてみました。

　太宰文学理解の新たな地平をひらく作品としてお読み頂けましたら、幸いに存じます。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松本侑子